「松下幸之助」は一代で世界企業を築いた実業家、経営の神様

偉人伝記

 松下幸之助氏は、平成元年(1989年)4月27日に94歳で逝去されました。その日、一人の実業家の死を伝える新聞の号外が街中で配られました。「家電王国築いた”経営の神様”」という見出しが人目を引きました。
 夕刊では、総理大臣、財界人や文化人から「幸之助さん、安らかに」といった死を悼むメッセージが寄せられ、多くの国民が「とうとうあの幸之助さんが亡くなったのか」と悲しみの言葉を口にしました。

なぜ?そんなに人々の尊敬と親しみを集めたのか?

それは、成功できる条件がほとんど整っていなかったにもかかわらず、普通では成し得ないほどの大成功をおさめたからです!

幸之助は本当に恵まれない人だった!

 幸之助は本当に恵まれない人だった。
生まれつき体が弱く、4歳の時に家の財産が失われたため、小学校も卒業していません。
 そして、最も悲しいことに、両親と8人兄弟の家に生まれながらも、家族を次々に失い、26歳のころにはたった一人になってしまいました。
 しかし、これほどの不幸が重なりながらも、幸之助は一度も世間を恨んだり、絶望に陥ったりすることはありませんでした。

 たった三人で始めた事業を成功させ、世界的な企業となるパナソニック(旧松下電器産業)を一代で育て上げたのです。

戦後、日本人が豊かさを感じるようになったのは、テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電が多くの家庭で使われるようになったから。

 幸之助は、安くて品質のいい家電を次々と作って販売しました。
そのおかげで、日本中の主婦は面倒な家事から解放され、家族が一緒に楽しめる時間が増えたのです。
 また、日本だけでなく、広く海外へも商品を輸出し、時には海外に工場を建設して、世界の国々を豊かにしていきました。
 だからこそ、幸之助は世界からも注目されたのです。

米国の世界的な写真雑誌『ライフ』に掲載された

 昭和39年(1964年)東京オリンピックが行われたときに、アメリカの世界的な写真雑誌『ライフ』に日本特集が組まれ、「松下幸之助さんに会いましょう」と題して掲載されました。
 この記事では、松下幸之助は、①最高の産業人、②最高所得者、③思想家、④雑誌発行者、⑤ベストセラー著者 という五つの顔を持つ人物だと紹介されました。

特別な才能があるわけでもなく凡人だが、「自分自身を成長させたいという思いを人一倍強く抱いていた!

『素直な心になりましょう!』幸之助が訴えた言葉

素直な心が成功へのヒント

 松下幸之助氏は次のように語っています。
「自分が与えられた天分(すぐれた性質・才能)を生かすことができれば、自分も楽しいし周囲の人も納得できる。
 では、そのためにどのような心がけをすればいいのか?というとそれも『素直な心』なのではないでしょうか?
 素直な心があれば、自分の天分を伸ばす方法もより早くわかります。他人の知恵、衆知も集められるのです。」

松下幸之助が謙虚なのは?

 松下幸之助が謙虚なのは、謙虚にしなければいけないから謙虚なのではなく、素直な心で衆知を集めたいと思っているから、謙虚なのです。
 素直な心になれば、何が正しいか、何をなすべきかが正しくわかるようになる、と幸之助は言っています。

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